2017年10月27日

スタッフブログリレー 「20歳の頃」 田崎編





20歳の頃
20歳の頃

美容学校2年生。卒業し
福島を出たのが20歳の時。

美容学生時代は、とにかく遊ぶことに夢中でした。

田舎の学校だったので、みんな車通学。

学校が終わると車を飛ばし
友達とみんなで、ジェットコースターに乗りに行ったり
お山の上の、なが~い滑り台を滑りに行ったり
カラオケやビリヤード、ダーツ、ドライブ、温泉。

コンビニでアルバイトをしていたのですが
バイトが終わったら夜中、また遊びに合流する程、


毎日、楽しすぎて
「時間よ、止まれ」
と、何度も思ったのを覚えています。


思う存分遊んだのちに
前々から決めていた
「横浜で一人暮らし」


苦労を買いに行こう。と
福島を出たのが、20歳の5月


とりあえず、住まいだけを見つけ
そこから就活。
幸い、すぐにみつかりました。

それからは 今までの生活とは一転。

毎日幾度となく、自信が無くなるぐらい 先輩に怒られ
深夜、誰もいない静かな狭い家に帰り
寝るだけ。
食事はほぼ、インスタント。

悔しくて、情けなくて、寂しくて、辛くて
いつも一人になると、半べそでした。

今までの自分と違うことに、違和感を感じ
「早く、現状打破したい」
その一心で仕事をするうちに

すこしずつ、先輩に認めてもらえるようになり
お客様に覚えてもらえるようになり
余裕が出てきて、ちょっとは自信が持てるようになって

ようやく「楽しい」と思えるようになりました。


福島を離れて気づいた想い。
横浜に来て感じた可能性。

この経験は 自分の想像以上の
人生一、良い買い物でした。



当時、福島から届く手紙が
大きな支えでした。

あれから13年。
手紙はもう届きませんが。。

今でも、みんなに支えてもらっています。

2017年10月21日

スタッフブログリレー 「20歳の頃」 堀内編

20歳の頃...。

つい最近の事と言えばそんな気もしますし

かなり昔の思い出にも感じるそんな時期。



一番思い出すのが皆さんも一度は経験しているかもしれませんが

洋服が生活の中心にあったこと。



そのころはブランドものが大好きで

【ラフシモンズ】【Y`s】【メゾン マルタンマルジェラ】

等、たまにしか買えない代物から

【アンダーカバー】【ミハラヤスヒロ】【APC】

みたいな少し頑張れば買えるものまで色々な物に興味をもった結果。



平日は朝から夜中まで練習。

休みの日になれば渋谷から原宿までショップを渡り歩いて

仲の良い店員さんと話してお洒落なふりをする(笑)

という当たり前のサイクルが出来ていたことを思い出します。



「堀内さんは何着ても似合うよねー!」

「堀内さんに着てもらいたいかったのが入荷したんですよー。」

…。

今思えばあからさまな営業トーク(笑)


若い私はそんな上等(?)接客トークにまんまとのせられ

8万円!もするジャケットを買ってしまったことも。


何気に10回も着ていません(笑)



その次の月はご想像通り

ヒーヒーいいながら自分で作った茶色い弁当を食べながら

飢えをしのいでいました(笑)



そんな私も36歳。

色んな経験は若い時にしておくもので。



昔は奇抜なデザインが少しでも入ってないと嫌でしたが

結局戻る場所はそう。

【シンプル イズ ベスト】



今となっては上から下まで

ユニクロ!ユニクロ!ユニクロー!!!!!!!!



これからは自分にあまりお金はかけず家族の為に働いていきますよー!

2017年10月19日

カボチャ

ハロウィンまでもう2週間を切りました。


31日、元町は仮装した子供たちでいっぱいになります。

楽しそうな子供たちを見ているだけで
こちらまで幸せな気分になります。


ハロウィン 楽しみです。





nestもカボチャ






たくさん準備しました。








みんな定位置に。







さりげなく店内もハロウィンです。









2017年10月18日

スタッフブログリレー 「20歳の頃」 細野編

20歳の頃





私の年代で廃止になったインターン制度
最後のインターン生でしたので
専門学校卒業後、20歳で社会人デビューでした


この頃、一番気合が入る時期
と同時に遊びたい年頃でもあり・・
朝から晩までシャンプーづくしでクタクタでも
夜から車の免許を取った友達と夜中ドライブに行ったり
とにかく毎日が一生懸命に過ごしていた覚えがあります。





そして何といっても人生初の金髪にしたのもこの頃。

綺麗なアッシュカラーに染まり
お家に帰ると
父が
「 どうして大人になったら嫌でも白髪になるのに
今こんな色にするんだ・・ 」

と困惑していました
どうやら娘が道を外してしまうのでは無いか・・と
思った様です。


この頃から自分の中のルールで
見た目は派手になっても
道に外れるような行動はしない
タバコは吸わない
お酒は家では飲まない
浮気はしない(笑)

・・・

その頃外見で判断するような人が苦手でしたので
認めてもらえるように
何か一本筋を自分の中に立てなければ!と決意


昔から割と負けず嫌いでしたので
後輩に技術試験を追い越されることや
同期に先にスタイリストデビューされる事も
正直、嫌でしたので・・・

多分、私の人生の中で
仕事と言うテーマは
大きく自分を成長させてくれた物だと思っています。


この二十歳の一番やる気のある時期に
遊びたくて一番やる気がなかったダメな自分を変える
きっかけとなったのが20歳です。




来年40歳。
決意したあの頃からちょうど20年。
また前向きに決意するような
そんな年になると良いです。





2017年10月8日

スタッフブログリレー 「20歳の頃」清水編



20歳

今から25年前

美容師になって2年目





高校後の進路

漠然とではあったけど
唯一なりたいと思った職業「美容師」
でも
大半は大学へと進む友人の中で
野球坊主の自分には未知な美容師という世界に
飛びこむ勇気が持てなかったこと

話を持ち出したとしても
ほとんど反対されたこと

性格、タイプ的にも
自分と正反対に思えた美容師になるための資質



そんな理由を並べ

美容師ではなく
美術が好きだったという理由だけで
美術系の大学を受験することに。

受験に向けて遅い準備を始めました。



しかし、いくら好きでも
秋からチョコチョコと準備した程度で
合格できるほど甘いものではなく

結果は不合格



これで卒業後は浪人か専門学校かなと
思っていたころ

家庭の諸事情で

どの道に進むにも
自分自身で資金を準備しなければならなくなり


それならばと
資金稼ぎのため、一年間アルバイト

いわゆるフリーターとなりました。





自分の中では
バイト後の進路は決めていました。

一年遅れで美容学校に行こうと。

長い人生一年の遅れなんて大したことはない。
自分で準備するなら自分のなりたいものになろう。




アルバイト生活
レストランの厨房で朝から晩まで。

楽しかった。
お金もそれなりに貯まりました。

8か月ほどたった時


バイト先で一緒に働いている方が
ご自分の通っているヘアサロンに
「うちのバイトでこんな子がいるよ」と
話してくれて

じゃ、一度面接してあげる。
美容学校は通信学科もあるから。



一年間働いて美容学校に行く予定が
アルバイト生活を切り上げ
いきなりヘアサロンで働けることになりました。





貯めた資金で
美容学校と一人暮らしを始め
憧れの美容師生活。



その時19歳。



入店したお店では
厳しく育てていただきました。



入店4か月目には
美容学校卒の同じ年の後輩ができ

追い越されない様に美容漬けの毎日。



道具の名前も
どう使うのかもわからず
後輩たちはもう学校で習得している技術も
自分は全くできない状態。



でも絶対に先を行っていたかった。
先輩でいたかった。



毎日、練習。

先輩に「あと店の鍵を閉めときます」と言いつつ
結局朝まで練習してたり。


一人暮らし
休みの日もやる事も無いし
お金もないので店に来て練習。

講習費の安めの外部講習には片っ端から参加して。





ひとつの技術ができるようになること
目の前の課題をクリアしていくことが楽しかった。

憧れてあこがれて
遠回りしてやっとなれた美容師
この仕事に携われていることが楽しくて仕方なかった。






それから1年半後

スタイリストデビュー

その時20歳


早すぎるデビュー。

経験不足からくる不安で
毎日押しつぶされそうでした。



でも、お客さまには精一杯で仕事をして
自分が担当するからには
もっと素敵に
もっとカッコよくなってもらいたい。

そんな熱い気持ちで毎日過ごしていました。


しかし
今思うと
ほんと未熟な技術だった...







憧れていた美容師として働けていること
自分を指名して来店してくださるお客さまがいること
自分の技術でお客さまが喜んでくださること


20歳の頃


この仕事の大変さとやりがい、素晴らしさを
身に染みて実感して
この仕事でこれから生きていくんだと進む道が定まったとき



今思えばそんな時期だったように思います。












カッコいいことを書いていますが
昔の思い出は
多少キラキラして記憶しているようです。。


お許しください(苦笑)


       【清水】